シネマヴェーラ/フォード特集『周遊する蒸気船』(1935)

 シネマヴェーラジョン・フォード『周遊する蒸気船』(1935)を見てきた。

 

 上映前には蓮實重彦氏のトークが20分ほどあった。『周遊する蒸気船』には二人の「インディアン」がかかわっているという。もちろん「インディアン」という名称は現在使うことのできないものですが、と断ったうえで、作中で大きな役割を果たす「ポカホンタス」という「インディアン」の娘の名前をとったお酒(ジン)。そして主演のウィル・ロジャース。かれは当時、フォードよりも遥かに有名なスターで評伝によると親の片方が「インディアン」だったという。

 

 作品にとって重要なのは前者の「インディアン」である。蓮實氏はこれから見るみなさんのために詳細は省きますがと言いつつ、蒸気船に木材を投げ込む場面でポカホンタスというお酒が果たす役割を説明する。実際、映画を見てみると終盤の蒸気船レースというストーリー的にも重要な局面で、かつ一番祝祭的でアナーキーな場面だった。木材を投げ入れ、それが尽きると蝋人形を投げ入れ(グラント将軍やジョージ・ワシントンの人形も火にくべられる)、ポカホンタスを投げ入れることで爆発的にスピードを加速させる。フォード映画において「投げる」こととは多彩で豊かな身振りなのだというのが蓮實フォード論の批評的力点であるのは言うまでもない。

 

 そのほかフォードは馬ばかり撮っているように思われているが船を撮るのもうまいとか、ヘンリー・フォンダがお嫌いだとか、『カリフォルニアドールズ』においてピーター・フォークから「ジョン・フォード」の名前が口にされるとか、タイトルにbendが入っているフォード映画がもう一つあること、『コレヒドール戦記』(海が良いらしい)、『鄙より都会へ』、『タバコ・ロード』の三作は見てほしい、などいろいろと話題は尽きなかった。

 

 なかでも淀川長治氏とのエピソードが印象的だった。1983年フィルムセンターでの『周遊する蒸気船』日本初上映後、面識のない淀川長治氏から「蓮實さん!」と呼び止められ、「えらいなあ、えらないなあ」と言われたというもの。ここから交流が始まったらしい。ちなみに「ヨドチョウ」という略称は本人は嫌だったそうで、もし知り合いにそう呼ぶ人がいたら絶交してくださいと断言していた。自分に先生と呼べる人はいないが、淀川さんは映画のショットの一つ一つを憶えていらっしゃって…と語っていたのも印象にのこっている。最後、天国にいる淀川さんも今日の上映会を喜んでくれたでしょう、と言って締めていた。

 

 そういえば今日は「国葬」なる催しがあったようだが、それよりも蓮實氏から淀川さんの話を聞いてフォードの映画を見る方が貴重な経験だったと言いたい。