ハル・フォスター『What Comes After Farce?』(2020)を読む1

 ハル・フォスターはマルクスが『ルイ・ボナパルトブリュメール18日』に記した次の有名な一説を引用から始めている。

 

ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度目は偉大な悲劇として、二度目はみじめな笑劇(Farce)として、と」(植村邦彦訳)

 

 言うまでもなく悲劇とは1799年にナポレオンが独裁権力を握ったことであり、Farceとは1851年に彼の甥のナポレオン3世がこの行為を繰り返したことである。王を廃して成立した共和制が皇帝に終わった。1848年の革命に危機感を抱いた支配階級は、オリジナルよりも馬鹿げたコピーである別の皇帝に同意したのだ。

 

 フォスターはこれをドナルド・トランプというボナパルトの登場と重ねる。「アメリカの富裕層の多くは、憲法の破壊、移民のスケープゴート化、白人至上主義の動員を、金融規制緩和、減税、腐敗した取引を通じたさらなる資本の集中のための小さな代償と見做している。そして、当時のフランスのルンペンプロレタリアートのように、今日のアメリカでは何百万人もの人々が「ファシスト・ウイルス」に屈している。このウイルスは、搾取から彼らを守ることを約束しながら、彼らをより完全な搾取に引きずり込むのだ」。

 

 その上で次のように問う。「悲劇の後にFarceが続くなら、Farceの後には何が続くのだろうか」。ポスト真実の政治はもちろん、ポスト恥の政治も進行している。トランプは嘘を恥じることはなく、むしろそれを誇示する。まさしくFarceとしか言い表せないような状況だ。日本に住む私たちも同様のFarceに巻き込まれている。

 

 本書は15年にわたるエッセイや批評を収録したもので、その対象はポール・チャン、ヒト・シュタイエル、トーマス・デマンドなどといった美術作家、トム・マッカーシーやベン・ラーナーの文学作品、ハルーン・ファロッキの映像作品からネオリベラルな状況での美術館の変化までと幅広い。根本にあるのはこのような状況の中で、左派のアーティストや批評家には何ができるのかという問いだろう。とりわけ彼らが得意としてきた「暴露を目的とする批評的手法」はどこまで有効なのか。「このような厳しい光の中では、批評的なものとディストピア的なものとの区別がつかなくなる」。ユビュ王のような政治家が跋扈するというある意味、現実が脱構築されているとでも言えるような状況で、脱構築的な批評はどこまで機能するのか。それを見定めようとしている。

 

 刊行直後に浅田彰が本書をどこかのインタビューか記事で言及していたような記憶があるが、私たちは今(2022年)もなおFarceとしか言いようのない状況を生きている。たしかにアメリカ大統領はバイデンに代わったが、共和党は今もトランプに頼らざるを得ず、中間選挙では民主党の苦境が予想されている。日本でも憲政史上最も長期にわたって政権を維持した毀誉褒貶の激しい元首相が遊説中に暗殺されるという事件が起き(悲劇というには間の抜けた暗殺劇だった)、それをきっかけとして与党と統一教会の関係の協力関係が暴露され、ウイルス感染拡大、ウクライナ 危機であっても「何もしない」安定運営で乗り越えてきた岸田政権も危機を迎えているが、Farce的状況はますます深まっている。

 

 目次は以下の通り。

 

Preface
I. Terror and Transgression
1. Traumatic Trace
2. Bush Kitsch
3. Paranoid Style
4. Wild Things
5. Père Trump
6. Conspirators
II. Plutocracy and Display
7. Fetish Gods
8. Beautiful Breath
9. Human Strike
10. Exhibitionists
11. Gray Boxes
12. Underpainting
III. Media and Fiction
13. Player Piano
14. Robo Eye
15. Smashed Screens
16. Machine Images
17. Model Worlds
18. Real Fictions
Notes
Index

 

 ところでFarce(フランス語のfarcir「詰め込む」に由来する)は、もともと宗教劇のコミカルな幕間劇であったという。1930年代、アントニオ・グラムシは新旧の政治的秩序の間の「病的な空白期間」を見いだしたが、現在もそれに当たるのだろうか。Farceという幕間は、別の時間の到来を示唆しているのだろうか。

 

 これからいくつかの章についてレビューをしたいと考えている。今のところ、第一部から第三部までそれぞれ一つずつ、トランプ論、ポール・チャン論、「疑惑の解釈学」について取り上げることを考えている。これは備忘録としてレビューを書いてみようという思いつきである。

 

https://www.versobooks.com/books/3170-what-comes-after-farce

 

■参考文献

Tragedy and Farce: Interview with Hal Foster

Hal Foster interviewed by Andreas Petrossiants about his new book, What Comes After Farce?

https://www.versobooks.com/blogs/4889-tragedy-and-farce-interview-with-hal-foster

※メールインタビューなので、本書の記述をそのままコピペしているような箇所もある。要約的な内容。