津田道子《生活の条件》《カメラさん、こんにちは》(2024)

東京都現代美術館で「Tokyo Contemporary Art Award 2022-2024 受賞記念展」をみてきた。サエボーグと津田道子の展示である。

どちらも興味深くみたのだが、津田道子の展示は四つの作品からなり、とくに《生活の条件》(2024)と《カメラさん、こんにちは》(2024)が面白かったのでメモしておきたい。

※※※

人間は認識する上で、何かしらのフレームを不可欠とする。時間と空間という形式はフレームの一種だが、そこまで根本的なものではなくても、だれが人間か、だれが家族か、なにが映画か、なにが絵画か、なにがファインアートか……人間は常にこうしたフレームを携えている。フレームなしには世界は混沌としたままで、認識や行動は不可能となる。

フレーム内にふさわしい人間や事物は選別される(商業映画やInstagramを考えてみよう)。フレームは美学の問題であり、同時に政治の問題である。

絵画の歴史のなかで絵画を窓というフレームという形象を託されてきた。それはここではないどこかを示すと同時に外を封鎖し見るものを内部に閉じ込める装置であった(絵画はしばしば対象を美化する。美しい絵画は外にある現実を覆い隠す)。

現代美術ではしばしばそのフレームを問い直す作品がある。フレームをずらす、ひっくり返す、裏側から見る、フレームに似た何かを作る……キャンバスや映像といったさまざまなメディウムやモチーフがフレームとして選択され、さまざまな方法を通して、フレームは問い直されてきた。

要約してしまえば、津田の作品もそうした現代美術の歴史に連なる作品である。

だが、フレームを問い直すやり方、人間の認識に不可避に生じるフレームの外を示す身振りが独特で面白い。

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《生活の条件》の作品解説を一部、引用する。

「部屋には8つの枠が設置されていて、それぞれ鏡が入っているもの、スクリーンになっているもの、何も入っていないものがある。スクリーンには、出演者がなんらかの仕草を行う映像が現れては消える。それは、家事や食事の際などの、家の中でのちょっとした所作である。《カメラさん、こんにちは》に現れる仕草から簡素化した動き、忙しく動き回る、歩き去る、正面を向いて立つ、横長のスクリーンには、時々眠る人などが現れる。(後略)」

照明の落とされた部屋に8つの枠(=フレーム)が設置されている。注目すべきはフレーム同士の関係である。

例えば三つのスクリーンがある。二つは隣に並べられており(手前にあるのをAと奥にあるのをBとしよう)、その真ん中に敷居のように直角に一枚設置されている(これをCとする)。Aには女性のある身振りが記録された映像が投影されている。直角に設置されたCは鏡でそれが反映される。Aの側から見ると鏡の中ではちょうどBの位置に、Aの反転した身振りが生じているように見える。ところが、観者がCの側に行くとBは空のフレームであることがわかる。Aの側に戻って確認すると、それでもBでも同じ動作が再生されているように感じる。もちろんBの側に行けばそれは錯覚で、単なるフレームがあるだけだ。

これはあくまで整理した記述である。作品体験としては、まずAの映像が飛び込み、どうやらCが鏡であることがわかり、Bが空洞であることがわかる。もし仮にAに映像があり、Cは空洞で、Bに反転した映像を流すことでも、同一の経験が成立する。AとBとCは可変的で、おそらく他のバリエーションも成立するだろう。

フレームにはスクリーン、鏡、窓の三種類がある(映像の写っていない状態のスクリーンをカウントすれば四種類)。この三種類のフレームの組み合わせから、私たちの経験の条件(生活の条件=Life Condition)、つまり経験を支える見えないフレームを探っている試みとも言える。認知心理学の実験のようにも感じた。

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次に《カメラさん、こんにちは》。この作品は大変面白かった。

まず目に飛び込むのは、入り口から右手にある11枚の写真である。さまざまな家庭をうつした写真かと思いきや、ダイニングテーブルに座る母と父と娘という関係は維持されたまま、男性が母を演じていたり、娘が成人女性や成人男性だったり、白人女性や高齢女性が母を演じていたりするが、みな同じようなポジション、ポーズを取っている。

部屋の中央には写真に写っているのと同じダイニングを模した部屋が設置されている。人は座っていない。カメラと家具だけが存在していて、正面の壁には映像が投影されている。映像を眺めると、ホームビデオを買った家族の初めての撮影らしい。

奥には11台のモニターが並んでいて、それには中央の模した部屋を挟んで、対向する写真の家族の映像が流れている。それら全てが同一の家族であることがわかる。ただジェンダーや国籍や年齢の組み合わせが替わっているのだ。

本作についても解説文を一部引用しよう。

「11台並ぶモニターと、簡素化したダイニングルームのような仮設の部屋。それぞのモニターに映る人の人物は1人ずつ役を入れ替えながら、11画面全てが同じ出来事を演じている。この映像は、36年前(198年)に津田の自宅に初めてビデオカメラが来た日に撮影された5分程度の出来事を再演したものである。カメラのテストのように食卓に向けて三脚に設置されたカメラが撮影した映像には、家族に新しいメンバーを受け入れようとするような仕草が映っている。食卓での会話の中で、フレームの中心を家族の中心と準えて、フレーミングの取り合いをしている。(後略)」

映像の中で娘、父、母はフレームの取り合いをする。

隣の部屋にはシングルチャンネル版の映像作品も投影されている。これを見るとわかりやすい。面白いのが、カットが変わるごとに演じる人間が変わることだ。先ほど言ったようにジェンダーや国籍や年齢の組み合わせが替わっているという違和感を残しつつも、それでも「ホームビデオ」として成立している。奇妙な体験だった。再び解説文を引く。

「シングル・チャンネルで上映されている映像では、同じスクリプトを12名の俳優が入れ替わり演じている。12の組み合わせで演じられることで、家族や社会を構成することの思い込みにひびが入っていく。」

家族のメンバーについて、まるでベケットの小説を思わせるような順列組み合わせを施すことで、家族とは関係のあり方の一つであり、それぞれの関係項に何が代入されても成立してしまうことを証し立てる。

「ホームビデオの映像を改めて見たときに、この映像が先にあって、私の人生はその後に遅れてやってきたものだと考えてみよう、と思いました。また映像の技術としてディレイというものがあり、その言葉をLifeとつなげてみた。このタイトルにした意味を、後から考えてみようという思いもある」(津田道子*1

本作はホームビデオという装置を利用して、家族というフレームを問い直す作品と言える。実際解説文でも「思い込み」=フレームを問い直す作品であるとされている。

しかし、それに加えて、同時に家族というフレームが不可避に生じることも描いているのではないか。

津田自身が語る「この映像が先にあって、私の人生はその後に遅れてやってきた」という言葉を真に受けて考えるべきである。

イマージュが先行して存在し、事後的に「私」が生成する*2。なぜ私はこの家族に生まれてきたのか。その組み合わせは無限であるにも関わらず、私が選ぶことはできない。私は必ず何らかの家族=フレームにもとに生まれる。私は常に遅れて到来する。しかも私というフレームも空項であるため、ほかでもあったかもしれない可能性を携えながら。

思えばホームビデオとは奇妙な装置である。撮る対象も見る観客も、基本的に同一の家族を想定している。何のために撮るのかもよくよく考えると曖昧だ。子供が小さい時に撮られる。成長の記録なのか、「思い出づくり」とでもいえばいいのか。通常の映画とは異なり、常に「撮られていること」が意識される(「カメラさん、こんにちは」)。だが、実際に見直されることは少ないことは皆知っている。しかも偶々目にしてしまった時には、写真の引き起こすノスタルジーとは異なる、何ともいえない生々しい強烈な情動を引き起こすことを本作を見ながら思い出した。それは私が、私というフレームが空項であることを思い出させるためなのだろうか。

《生活の条件》では、私たちの経験の条件=フレームを問い、《カメラさん、こんにちは》では家族と私というフレームの不可避性、生成過程を問う。面白い作品だった。しかも無料です。

ラウラ・ルケッティ/チェーザレ・パヴェーゼ『美しい夏』

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イタリア映画祭でラウラ・ルケッティ『美しい夏』(2023)を見てきた。

原作はチェーザレパヴェーゼの同名小説。刊行されたのは1949年だが、第二次大戦中の40年頃に書かれた。当初の題名は『カーテン』だったという。

パヴェーゼの映画化というとストローブ=ユイレの作品が思い浮かぶ。一方ルケッティの『美しい夏』は原作との向き合い方が違う。原作にインスピレーションを得た二次創作といった性格の作品だ。原作にあった群像劇としての側面は後退し、ジーニアとアメーリアの二人の関係により焦点が当られている。

とはいえ、低予算ながらトリノの美しい街並みを生かすことで、1930年代のイタリアを再現することに成功している。映画のバスも良かった。

アメーリアの登場シーンが印象的だった。休みの日に兄セヴェリーノ(原作とは異なり大学に通っているという設定が加えられている)と共に川岸にピクニックへ向かう。すると、ボートから半裸の女性が現れ、「アメーリア!」と声をかけられるとそのまま水の中に飛び込み岸辺まで泳いでくる。アメーリアが戸惑うジーニアに「タバコを貸して」と声をかけるのが、二人の出会いである。

ジーニアは16歳。アメーリアは19歳(〜20歳)。洋裁店で働くジーニアにとってはモデルという魅惑的な職業に就くアメーリアはまだ見ぬ大人の世界の象徴であり憧れ。かつて洋裁店で働いていたというアメーリアにとってはジーニアは過去の自分とも重ね合わされている。

「彼女らは町の中央に向った。ふたりとも帽子をかぶらずに、さわやかな街路から街路を抜け、まず手はじめに、アイスクリームを買って、それをなめながら往き交う人びとを眺めては笑った。アメーリアといっしょにいれば何もかもはるかに容易だった、そして何ごともたいしたことではないかのように心から楽しみを味わえたし、その晩はいろいろなことが起こるような気さえした。もう二十歳になって、平気で当たりを見まわしながら歩けるアメーリアがいっしょだから、ジーニアは安心していられた。」(12頁、河島英昭訳、『集英社版 世界の文学14 パヴェーゼ』)

映画でも「アメーリアといっしょにいれば何もかもはるかに容易だった」という小説の祝祭的な雰囲気はしっかりと再現されていた。ちなみに映画では兄セヴェリーノとアイスをなめるシーンがある。

「アメーリアはホールの入口を見つめていた。「でも一杯ぐらい飲みましょうよ。さあ、いらっしゃい。退屈しているのは、自分のせいなのよ」最初に見かけたカッフェで彼女らはコップ一杯飲んだ。外に出るとすぐに、ジーニアはそれまでにはなかった涼しさを風のなかに感じた、そして夏にアルコールで血を清められるのはすばらしいことだと思った。その間アメーリアは彼女に説明していた。一日じゅう何もしていない人間だって、せめて夜ぐらいは気晴らしをする権利があるはずよ、だけど女の子には、ときどき、流れ去る時間をこわいと思う一瞬が襲ってくるわ、そうなったらもういくら走ったって何の足しになるのかわからなくなってしまう。「あなたにはそういうことない?」「あたしはお勤めに行くときしか走らないわ」とジーニアが言った。「あたしあまり遊んでいないからそこまで考える時間がないの」「あなたは若いから」とアメーリアが言った、「あたしは仕事をしているあいだにも、じっとしていられないときがあるわ」(13頁)

「夏にアルコールで血を清められるのはすばらしい」ことを風の涼しさに感じるという描写がすばらしい。パヴェーゼの中ではそこまで好きな作品でもないのだが(過去に一度読んだが冒頭以外ほとんど記憶になかった)、所々に覗く的確な描写は流石である。ところで映画では、上のような「女の子は〜」と言ったような台詞は採用されていないのが特徴だ。80年前の作品ゆえに現代とは価値観が違う。無論、当時そのような価値観・考えの人がいたから、パヴェーゼは自分の小説に取り入れたのだろうが。

それと大きな違いとしては、ジーニアとアメーリアを繋ぐグィードの設定から、兵役中であること、農村出身であることが捨象されていることも挙げられる。

「グィードは画きたいと思っている丘について語った。彼は横たわって陽射しを乳房に受けたひとりの女のように、丘を画いてみたかった。そして丘には、女だけのものである、あの流れる線と味わいとを、与えたかった。

 ロドリゲスが言った。「もう画かれたことだよ」

 (中略)グィードが言った。「いや、そんなことはない。ふたつのことをいっしょになしとげた人間はいないんだ。ぼくはひとりの女をとらえて、きみのまえに描き出してみせる、虚空に横たわる丘のように」

 「象徴の絵画。それでも、女を描けば丘は描けない」と、ロドリゲスが腹を立てながら言った。」(76頁)

小説においてグィードはおそらく著者パヴェーゼに重ね合わされている存在で、おそらくパヴェーゼにとって『美しい夏』とは「ふたつのことをいっしょ」に書くことだったのだろう。

映画で感心したのが、ジーニアがモデルとして立とうとする場面。小説では単に第三者(グィードと同居するロドリゲス)に目撃されたことがショックで立ち去ることになっているが、映画ではアメーリアとの関係に重きを置かれ描写されている。今時モデルとして裸を見られただけでショックは受けるまいが、この改変は単にそのような消極的な理由ではなく、ジーニアがアメーリアを追体験することで彼女への想いを自覚することが描かれている*1

映画のラストは取って付けたようなものとして描かれているが、小説でも描き方は違うが同じような印象だった。奇跡とはそのようなものなのかもしれない。

*1:小説と映画の記憶が混ざり合いつつあるので実際の映画の描写とは違うかもしれない。

「古橋悌二の新しい人生ーーLIFE WITH VIRUS」

部屋を掃除していたら昔のノートに挟まっていた、「古橋悌二の新しい人生ーーLIFE WITH VIRUS HIV感染発表を祝って」のコピーが出てきた。

これは『S/N』の上映会で配られたもの。2016年10月8日(土)学習院大学。当時読んで感銘を受けそのままノートに挟んでいたのだろう。

「真の友人様へ」宛にHIV感染を伝える手紙という形式を取っている。「自分の免疫機能が私の肉体を守ってくれなくなっても、私の精神をどういう形で守ってくれるであろう真の友人たちを、この私が、信じることがいかに重要かということです」。真摯な告白の文章で、友人らに手紙の形で一斉に伝えられたという。

文章全体が素晴らしいのだが、その中の一節を引用したい。

しかし、私が今までこだわり続けてきたアートとは有効な手段なのだろうか。もし有効でないとすれば何が有効なのだろうか。そういう疑問があせりとなってアート界に身を置く自分を対象化させる。そこに留まり、そこでのみ語られる自分の、そして作品の行き場の無さ。

 

私は常に当事者でありたかった。情報で知り、解析によってその事象を仮体験するのではなく常にその場に居て、実体験すること。自分を好奇心の向こう側に無理やり越えさせる唯一の手段。そこで勝ち得た情報だけが、私の細胞内に永遠にとどまることが出来るのだ。アーティストは当事者たりえるのであろうか。世界に対する単なるコメンテーターにすぎないのではなかろうか。アーティストは安全圏にのみ居住する気難しい皮肉屋のおじさん、或いは職人さんといったイメージのそれ以上にもいかにもなれないでいる不幸な人種なのかもしれないとも思う。TVから流れるニュースや人から聞く噂話は単に我々を撹乱させる。

そう、私はすべての戦場にいてそこに飛び交うすべての弾にあたりたかったのだ。

それ以外に自分の存在を確認する方法があるだろうか。何もしないのなら、何もできないのなら、存在していても仕方ないのだ。個人的なもの、例えば恋愛や人間関係の当事者であり続けることは人間として当然のことだ。ただ、私はアーティストとしては、それ以上のものの当事者である必要性があるのではないかと感じていただけだ。

ヴァーチュアル・リアリティーは、当事者たりえなかった好奇心旺盛な永遠の少年、少女たちが一生つぶやき続ける呪文のようなもので、それが真のリアリティーとなって眼前に拡がることを望んでいる人が一体、何人いるであろうか。そのリアリティーを享受するときが我々が少年、少女であることをやめる瞬間なのであろうか。もし少年、少女が世界に対して遅れた人々であり、当事者になることが出来ないでいるアーティストの像と重なるのなら、私はなんとかもがいて大人になりたいのだ。表現の自由って本当に無責任で、時代遅れの言葉だと思う。アーティストは愛を語る人ではなく、愛そのものでなければならない。そしてそのために払わなければならない代償もはかりしれない。(40-41頁)

「それ以上のものの当事者である」こと。『S/N』の中の「私は夢見る。私の権利が消えることを。」という謎めいた台詞ともに忘れられない言葉だ。『美と殺戮のすべて』のACT UPのパートを見ている時にもこの一節を思い出した。ナン・ゴールディンは「それ以上のものの当事者」として行動していた。

日付は92年10月11日。古橋悌二『メモランダム』(ダムタイプ編、リトルモア、2000年)所収。全文もぜひ読んでほしい。

山本浩貴(いぬのせなか座)『新たな距離』その2

山本浩貴(いぬのせなか座)『新たな距離』の続き。

jisuinigate.hatenablog.com

言葉が書かれ、書き直されるたびに、新たな「私」と「宇宙」が創発する。その速度と密度が高まるにつれ、小説を書くことと、〈私〉を制作することは等しくなる。小説を書き直すことは〈私〉を書き直すことであり、それは生命に似た何か=小説を生み出す過程である。

しかし、どのようにして小説を書くことと〈私〉を制作するということが等しくなるというのだろうか。前回はこの論理的なつながりを問題とした。ここには私が言語的存在である、という強い前提がある。言語は私を形作る。とすれば、言語の高度な操作(の一つ)である小説を書くという営みを徹底化すれば、(もしかしたら)私も、世界もまた作り変えることができる。おそらく、そのような論理を考えているのだろう。

主体はどこからやってくるのか。この問題を言語を通して考え、理論を構築した存在として、本書には(ほぼ)登場しない固有名であるジャック・ラカンを挙げることができる。

「無意識は言語のように構造化されている」。一九五〇年代のラカンの有名なテーゼの一つだ。フロイトが発見した無意識という領域は、人間を根拠づけるが、しかし自らの力で見通すことができない。フロイトは夢や言い間違いといった行為から無意識へとアプローチした。ラカンレヴィ=ストロース構造人類学からヒントを得て、フロイトの理論を徹底させ、無意識は言語によってできていると提唱した。

それはどのような構造なのか。松本卓也による明快な整理を参照しよう*1

「その理論では、母親が子供の前に現れたり、いなくなったりする現前/不在の運動が「+−+−++……」というセリーを作ることが象徴界の母体となるとされていた。子供は、この母の現前/不在の運動がなぜ生じているのかを問う。つまり、母を現前/不在の運動へと突き動かしているものは何か、母という大他者にとっての大他者とは何か、ということが問われる。ついで、この問いには、母が欲望するものは想像的ファルスである、という回答がひとまず与えられる。最終的に、この+−のセリーが〈父の名〉のシニフィアンによって代理(隠喩化)されることによって、象徴界が安定する。この理論では、〈父の名〉による隠喩化が成功している者が正常者と地続きの神経症者であり、失敗しているのが精神病である。この構造論的なモデルでは、〈父の名〉は人間を神経消化する者として、ある種の規範的なものとして現れていると言えよう。」(115頁)

松本は続けて六〇年代ラカンにおける構造と外部、理論の書き換えを問題とするのだが、それは省略する。ポイントとなるのが、「正常化」(無論カッコ付きでしかあり得ない)を可能にするとされる〈父の名〉というシニフィアンによる代理=置き換えが、隠喩化と名指されていることである。隠喩によって、私たちの存在は可能となるのである。『新たな距離』においても、父性隠喩は前提として存在していると思われる。それはおそらく様々な固有名として挙げられるだろう。

「無意識における文字の審級、あるいはフロイト以後の理性」(1957年*2)で、ロマン・ヤコブソン失語症をめぐる議論〈「言語の二つの面と失語症のタイプ」〉を参照し、人間において換喩と隠喩の果たす機能の違いを論じている。

換喩は隣接性に基礎付けられている。「語に対して語を」とラカンはまとめている。例えば「三十の帆」で、「三十隻の船」を言い表すこと。あるいは、「赤ずきん」も換喩と言える。「赤ずきん」という言葉で「赤ずきんを被った少女」を表す。換喩の機能は「移動」で、精神分析においては欲望の対象を構成するとされる。ここで意味は増えず、横滑りする。

隠喩は相似性に基礎付けられている。「ある語に代えて別の語を」。例えばユーゴーの詩「眠るボアズ」において、「彼の麦束は、吝嗇でも恨み深くもなかった」と書かれるとき、「彼=ボアズ」は「麦束」に置き換えられる。あるいは「白雪姫」。雪のように白い肌を保つが故にそう呼ばれる。姫は雪に置き換えられている。隠喩の機能は「圧縮」で、精神分析においては症状を形成するとされる。このとき重要なのは、隠喩が使われるとき意味が発生=「シニフィカシオンの到来」することだ。置き換えられてもなお、ボアズも姫もその意味を保存された上で、新たな意味が付け加えられていることを考えれば、理解しやすいだろう。

幼い主体は母の現前/不在をファルス(想像的ファルス)を通じて解決しようとするが、それはうまくいかない。〈父の名〉による「置き換え」(父性隠喩)こそが、主体を安定化させる。

ヤコブソンは、言語の換喩的側面は散文において、隠喩的側面は詩において前面化されるとした。例えば小説においては、何らかの描写が別の描写を生み、また人物同士の掛け合いによって、まさに横滑りしていくかのように展開していく。詩においては韻律の音韻的相似性と意味的相似性が相互干渉することで新たな意味を生み出す。

前置きが長くなったが、『新たな距離』に戻ろう。

この散文と詩の問題において、興味深いのが次の一節である。

「たったひとつの文章が詩として置かれている状態では、無数の魂の方向性を、みずからを読む生きものの思考の要領にあわせて適度に焦点化させ、個々の人間を再帰的に作り出していくだけにとどまるざるをえない。しかしそこにいくつかの翻訳がならべておかれたとき、詩、ならびにそれを《自分の肉体=魂》につきさした人間は、翻訳対象として浮かびあがってくる無数の魂の存在、それを刻まれる〈森のフシギ〉へと近づき、みずからを新たな段階に推し進める可能性を与えられる。その過程として小説制作は、詩の制作とは区別して肯定されるだろう。言葉をうまく操れないみずからの息子が音楽や身ぶりによって表現しようとしているものと、神に対して人間が発するうめき声に近い祈りを、ともに《言い難き嘆き》として理解する大江は、魂の内部構造に近づく道を、語りの制作に関わる技術として伝えている。小説はそこでだけ、知覚全般へと開ける。」(141-142頁)

本書における特異な思考が現れている。ここでは詩における意味作用(「個々の人間を再起的に作り出してく」)ことに加えて、小説=散文においてこそ「翻訳対象として浮かびあがってくる無数の魂の存在」を踏まえた上での「新たな段階」が夢見られている。本書における小説=散文をめぐる思考は、換喩的というより隠喩的になっている。そのため、一文ごとに飛躍、負荷がかけられているための、その度ごとに何らかの意味が生じている。

しかも、この飛躍は恣意的なものではない。テクストへの信に支えられている。無数に参照される、小説から対談、エッセイに至るまでのテクストは文脈を切断され、思考のジャンプのために利用される。父性隠喩ならぬ父性テクストとでも言えるかもしれない。

「新たな段階」に賭けられているのが、おそらく「転生」なのだろう。松本卓也によれば、ラボルト病院でガタリと活動を共にしたジャン・ウリは自らとガタリの違いを「集団のファンタスムを認めるかどうか」という点に見出した*3ラカン的な立場を立つウリは、ファンタスムは個々の主体に固有のものであるとし、ガタリは個人と集団を超えたところでファンタスムを考えた。『新たな距離』で賭けられている「転生」とは、まさに「集団的ファンタスム」の制作を指す*4

「小説を書く私の信じているもの、それは転生である。父親から大黄へと、なにかが引きつがれるということ、それを信じて、私は文章を書いている。大黄は私に転生教育を行う。そのように、世界を読むことを教育する。」(162頁)

『水死』を読み、論じる中で、まるで小説内の私と『新たな距離』の著者である私が一体になっているかのようである。私は読者に対して「集団的ファンタスム」の制作を呼びかけている。

教育や分身、そして大江テクストの読解という点にはほとんど触れられなかった。だが、本書における制作を考える上で、ラカンガタリの思考を視野に入れることは実りの大きなものになるのではないだろうか。走り書き的なメモとして、ここまで書いた。他の人の感想も知りたい本だ。

*1:「人はみな妄想する ガタリと後期ラカンについてのエチュード」『現代思想』2013年6月号。

*2:フィンクの英訳と解釈を参考にした。『「エクリ」を読む』

*3:松本「人はみな妄想する」126頁。

*4:それでも私にとっては「転生」について書かれたテクストを「真に受ける」ことは難しい。

ポール・メイソン『ポスト・キャピタリズム』/金融化について

本当は昨日の続きが書きたいのだが、引っ越しの準備のために本を整理していて手がつかず、処分する本を手に取ったら次のような一節が飛び込んできた。

「産業の衰退によって荒廃した英国の街を回ってみると、どの街並みも同じように見える。給料を担保にして金を貸すペイデイローンの店や質屋、家財道具を高い分割払いで売る店などが並んでいる。質屋の隣に、貧困に見舞われた街には欠かせないもう一つの金鉱である口入れ屋*1が目に入るだろう。窓からその中を覗いてみると最低賃金の求人広告が見える。それらが求めているのは最低賃金レベルの技能を超えた人材で、印刷業者、夜勤看護師、配送センターの従業員などだ。以前ならほどほどの給与をもらえた仕事だが、今では法で定められた額ぐらいしかもらえない。別の場所では、照明が届かない暗闇の中で、ゴミをあさっている人たちとすれ違う。食料を無料で供給するフードバンクが教会や慈善団体によって運営されている。市民相談教会は借金で破産した人にアドバイスをするのが主な仕事になった。」

これはポール・メイソン『ポスト・キャピタリズム』からの引用である(54頁)。コロナ禍初期の時にオンライン・インタビューを受けたケイト・ブランシェットの自宅の本棚に同書があることで話題になった*2

新自由主義批判、金融化批判として目新しいものではないが(全部読んでいないのにごめんなさい)、著者がジャーナリストらしく町の風景の描写とともに語られることが目を惹く。日本では、教会や慈善団体によるフードバンクは馴染みがないが、他は似たような光景だろう。イギリスでは、シャッター商店街という言い方はしないのかもしれない。

「本物のビジネスがこうした街路を中心に繁盛していたのはほんの一世代前のことだ。1970年代、英国北西部にある私の故郷の町リーでは、土曜日の朝になると暮らし向きの良い労働者階級の家族が中心街に群がっていた。正規雇用の仕事を持ち、高い賃金を稼ぎ、高い生産性を生み出していた。街角には銀行が軒を連ねていた。ここは仕事と貯蓄とすばらしい社会的連帯からなる世界だったのだ。」

「高金利の販売店、安い労働力、無料の食事ーー今日の町の風景は、新自由主義が何を達成したかを物語っている。所得の停滞を借金で補う仕組みになった。つまり、私たちの生活が金融化された。」(同前)

原書はリーマンショック後の2015年刊行。「新自由主義批判」についてさまざまな議論があることは承知しているがーーたしかになんでも新自由主義批判に帰着されるのはどうかとは思うもののーーやはり金融化について議論が重要な割に日本では議論に乏しい印象だ。

思えば、2000年代の「ファスト風土化」といった議論は、悪い意味で社会学的というか文学的だったけれど、本来「金融化」とともに分析されるべき問題だったのではないだろうか。

そんな中、「現代思想」が一昨年(2023年2月号)に「〈投資〉の時代」という特集を組んでいた。新型NISAを受けての企画かもしれない。実際、巻頭のインタビューでマルクス経済学者・松尾匡は、現在の岸田政権の「資産所得倍増計画」といった政策に触れている。

この政策の「最も表層的なレベルの背景」として、「社会保障を抑えていく」という方針があるという。金利が非常に低い状態にあり、普通に貯金をしても老後の備えとして十分ではない。将来に備えて、各自リスクを取りながら投資をせよ、というわけだ。加えて産業構造の変化もある。企業は賃金の安い東南アジアに生産拠点を移しているため、日本国内では雇用が、貿易できない産業であるサービス業にシフトしていく(観光業!)。サービス業の多くは非正規の低賃金労働だが、海外から安い品物を輸入することで低賃金でも食べていくことができる*3。「つまり、国内では雇用の非正規化を進めながら低賃金でこき使おうという流れがあるのです。これが資本主義の状況に合わせた日本の生き残り策であり、ふさわしい産業構造でもあるという議論がこれまでなれてきた」(10-11頁)と。

松尾は「国内における多くの労働者の所得を伸ばすという考えはそもそも体制側のビジョンには入っていない」とまでいい、流石にそれは穿ち過ぎではないかと思うのだけれども、社会保障を抑えるために「投資」が持ち出されているのは間違いないだろう。資産防衛である*4

メイソンによれば、ブローデルはあらゆる覇権国家の衰退は金融に目を向けたときから始まると論じている。「いずれの資本主義的発展も、金融資本主義の段階に達すると、ある意味で成熟が示唆される。つまり秋の気配が感じられる」(『物質文明・経済・資本主義』*5

金融は実体のあるような、ないようなものだ。ビフォは『蜂起』で金融による非実体化と、マラルメ以降の詩作の抽象化=脱インデックス化を並べて論じていたが、あの本はなんだか詩的すぎてよくわからなかった。

金融を可能にする信用は古代から存在していたものだが、現代の資本主義における金融とは何が違うのだろうか。グレーバーの『負債論』も似た問題意識かもしれない。

最近テレビのワイドショーでは新型NISAを取り上げているらしい。今年の2月22日には経平均株価が1989年の史上最高値の3万8915円を更新し、 3月4日には4万円台になった。ちなみに現在の異常な円安は新型NISAの圧力が一因という説もあるらしい*6

最後にポール・メイソンの著書に戻る。金融と骨がらみとなった私たちの光景は、「秋」というより「冬」だと思うのだが。

「金融が日常生活に入り込んだことで、私たちは機械の前で毎日朝9時から夕方5時まで働く奴隷ではなく、利息の支払いをするための奴隷となった。職場で働いて、上司のために利益を生み出しているわけではなく、借入をして金融仲介業者の利益も生み出しているというわけだ。例えば、公的支援を受けているシングルマザーが仕方なくペイデイローンを利用したり、家庭用品をクレジットカードで買ったりしている場合、安定した仕事を持つ自動車産業の労働者よりも、資本に対して相当高い利益率を生み出していることになる。

 消費するだけで、誰もが金融収益を生むことができれば、そして最貧困層が最も金融収益を作り出すことになれば、労働に対する資本主義の考え方が大きく変化する。(略)金融化と新自由主義とは切ってもきれない関係がある。金融化は不換紙幣のように崩壊をもたらす。しかし、このシステムには欠かせない手段なのである。」

ネットジャーゴンで「養分」という言葉がある。ネットゲームやギャンブルでお金や時間を費やし、運営企業の「養分」となるという意味だ。金融に生をとりこまれて私たちは、まさに資本主義の「養分」である。

*1:おそらくemployment agencyだろう。口入れ屋だと落語みたい。訳語としては職業案内所や人材派遣業の方がいい。

*2:私の妄想かもしれない。自信がない。

*3:本日2024年4月27日は1ドル158円台となった。このまま円安が進めば輸入も厳しくなる。

*4:同インタビューで松尾は「リスクに対する見込みを立てやすい介護事業」やみかんの缶詰を作るような「体制側が国内から追い出してしまった成熟した産業」は、「設備投資のための合意」が取りやすいために、資本主義における私有財産制ではなく協同組合などでも取り組めると話している。「民衆の側が連帯して運動を作ることによって民間企業が現在行っているような投資のありかたをコントロールすることが可能になっていく」。しかし、「リスクに対する見込みが立つ」とはいえそんなにうまく行くのだろうか。介護事業などの運営実態は知らないが、実際にそうなっていいないのには理由があるはずだ。実現しても高価格になるなどの欠点も考えられる。とはいえ、実践例があれば知りたい。

*5:アリギも「金融の秋」について書いていた記憶がある。

*6:

新NISAが招く円安圧力 海外投資加速、円売り2兆円増も 佐藤俊簡 - 日本経済新聞

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山本浩貴(いぬのせなか座)『新たな距離』その1 私は転生しない

山本浩貴(いぬのせなか座)『新たな距離』(フィルムアート社、2024)を読んでまず考えたのは反復についてだった。次に考えたのが、フロイト-ラカンのことだった。繋がるかわからないが、下記になぜそのように考えたかを書いてみる。

本書は小説論≒制作論である。難しいが、とても面白かった。保坂和志大江健三郎の小説論の影響のもと、生態心理学、認知言語学から吉本隆明詩学、多元宇宙論までを援用し、オリジナルな議論を展開しようとする大著で、なんと三部作という。

本書を暴力的に要約すれば、読むことと書くこと、生きることをつなげる試みであると言える。

本書は膨大な引用ともになされる思考に特徴がある。例えば註の爆発的膨張。反アカデミックなスタイルで貫かれた註は、ある種の読書メモでもある(一例。172頁-181頁下段は大江健三郎「子規の根源的主題系」で埋め尽くされている)。読んだテクストとそれに触発された思考は一体となっており、まるでドキュメントとして無数の引用が喜びとともに散りばめられている。通常の意味での論拠とは異なり、そこにある固有名と結びついたテクストがあったということを呈示している(故に、実際にそのテクストを読んでみたくなる)。また書評においても論じられる対象のテクストが内部に取り込まれ、一体となっているのも特徴的である。批評と創作とが近接しているのだ。

読むことと書くことが密接につながり、読むことにおいてもそのつながりをたどることなっている。それはいわゆる生成論的な草稿研究とは異なる。完成にまで至る創作過程を比較・検討するのではなく、残されたテクストから、書く行為を見透かし、生の軌跡を見ようとするのである。今回主に取り上げたいのは、「新たな距離ーー大江健三郎における制作と思考」である。

「何気なく見ただけだと一本の文字の列が紡がれているだけのように見えるテクストが、その制作過程においては、細部でひたすら寸断され、上書きされ、配置を組み替えられている。そんな性質をもつ小説の制作空間には、膨大な量の私と、それに付随する環境が、致命的な矛盾をいくつもふくんだまま刻まれてしまっている。言葉ごとに前後左右へ多元化する、私と宇宙がいる。」(102頁)

小説は絵画と違って一挙に与えられることがない。小説はリニアに読み、書くことしかできない。文章を読みつつ、同時それに続く文章を忘れている。『華氏451』のように小説を全て記憶することはできない。書く場合においても同様である。

書くこと、書き直すことで生まれる、「膨大な私」とはどういうことだろうか。ここでは、ロナルド・ラネカーの認知言語学が援用されている*1。言語表現はその受け取りに際にして、ある仮構を触発する。それは「表現主体とその周囲の環境」という仮構である。

・アンはテーブルを挟んでベスの向かいに座っている(A)

・アンはテーブルを挟んで私の向かいに座っている(B)

・アンはテーブルを挟んで座っている(C)

Aにおいては、表現主体が「アンとベスがテーブルを挟んで向かい合っている」様子を外から見ていることを示すように読める(表現主体が状況を外から認識)。

Bにおいては、表現主体である私が、「アンと向かい合っている」ことを外から見ていることを示すように読める(表現主体が客体として書き込まれ、状況を内から認識)。

Cにおいては、明示されていない表現主体が「アンと向かい合っている」ことをすめすように読める(状況を表現主体が内から認識)。

A、B、Cによって受け手に伝わる表現主体のあり方や環境との関わり方、「表現主体とその周囲の環境」の情報は異なるのだ。

いずれにせよ、言語は単に書かれている内容を受け渡す媒体ではなく、書かれている内容以上のもの、つまり 「表現主体とその周囲の環境」を遡及的に仮構する。

101頁で例として挙げられているのは柴崎友香『ドリーマーズ』の一節をもとにした一文「私はうれしかったからあなたもうれしかった」である。

「「かった」に過去への判定者を、「から」に因果律の設定者を、「も」に類似の発見者を、各々のしかたで見出し、かつ、それらをひとつの(文章全体の責任を自身の周囲のの環境もろとも背負う)〈私+環境〉へと束ねていくことで一文を理解する。同時にそのような見出しと束ねを私が行えているということに、私は私が或る特定の言語に習熟した、他でもない人間という種に属する肉体を備えた(虫や猫の肉体が為すような環境との関わり方を取ってはいない)存在であるということを否応なく自覚しもするだろう。」(101頁)

「私はうれしかったからあなたもうれしかった」に無数の「表現主体とその周囲の環境」を読み込む。これを解読するには、日本語に習熟している必要があり、また人間という肉体を持つものである必要がある(機械には理解できない?)。

言葉には文のレベルだけでなく、単語のレベル(「犬!」といった一語の文も成立する)においても、「表現主体とその周囲の環境」が取り憑く。ゆえに「かった」「から」「も」といったレベルにおいても「表現主体とその周囲の環境」を見出すことができ、その無数の主体は矛盾しながらも一つの文章としてリニアに同居することができる。最初の引用に戻ろう。

「何気なく見ただけだと一本の文字の列が紡がれているだけのように見えるテクストが、その制作過程においては、細部でひたすら寸断され、上書きされ、配置を組み替えられている。そんな性質をもつ小説の制作空間には、膨大な量の私と、それに付随する環境が、致命的な矛盾をいくつもふくんだまま刻まれてしまっている。言葉ごとに前後左右へ多元化する、私と宇宙がいる。」(102頁)

この文章は次のように続く。

「そしてそれら個々ばらばらの生態学的情報は、生まれた瞬間の私と死ぬ直前の私がおなじひとつの私であるようなしかたで、ひとつの形~奥行きへと押しこめられるだろう。小説という無数の言葉の集まりを制作すること、或る一定の(不可避な)持続を備えた〈私〉を制作することが、人間においては、同じひとつの回路によって成り立つ。」(102-104頁)

文章には「膨大な量の私と、それに付随する環境」が刻まれている。それは読まれるたびに、発生し、忘却され、読者に何がしかのものだけが残されていく(「かれの手にあるのは、いわば残りカス」)。一続きの文章は「生まれた瞬間の私」と「死ぬ直前の私」が同じ肉体を持つ人間である「私」と類比されるように(この二人の「私」は果たして一体誰なのだろうか)、或る形をもつ。小説ととは「膨大な量の私と、それに付随する環境」が刻まれた文章の集合である。

ただしこれはあくまで「類比」のはずである(「生まれた瞬間の私と死ぬ直前の私がおなじひとつの私であるようなしかたで」)。小説には「膨大な量の私と、それに付随する環境」が取り憑いている。それはおそらくそうだろう。だが、読み手にとっても、そして書き手にとっても読み終えた時に手元にあるのは「残りカス」ではなかっただろうか? 小説を書くこと、と〈私〉を制作すること(!)はいかにして繋げられるのか?

この部分が難しい。私にとって躓きのポイントだった。

鍵となるのが『同時代ゲーム』における〈森のフシギ〉という奇妙な概念であり、大江によって繰り返し語られる発熱し衰弱した大江にかけられた母の言葉である。

「もしあなたが死んでも、私がもう一度、生んであげるから、大丈夫。」(『取り替え子』)

本書ではこの言葉は次のように解釈される。

「たとえ別々の肉体を持つ別々の子どもであったとしても、言葉を与えることによって《ふたりの子供はすっかり同じ》になってしまうという、この考え方をよりどころにして、大江は魂=主体を言葉の集まりから創発するものと見なし、肉体の死とは別に持続する私を確保する。」(100頁)

ちなみにこの母の言葉は伝承の中に由来を見出されるものとしても書かれているため、これ自体が「歴史の反復・転生を為すものとして、小説内で神話的配置を整えられている」とも注釈されているのだが、この「転生」はにわかには受け入れ難い。私は転生しない、と言いたくなる。

ともかくここでは、言葉の連なりから、書かれた私と宇宙の連なりから、ジャンプして「魂=主体」が創発するというある種の神学が前提とされている。この神学によって、小説を書くこと、と〈私〉を制作することはイコールで結ばれる。

「書き直しが《自分を発見し、新しい自分を作ってゆく》過程になるとき、小説家は私でなくなりながら私をつかみ抱え、小説はいつのまにか生命に似はじめている。」(108頁)

おそらくこの創発神学とでもいうべきものは、創作過程においては、実感として生じるものなのかもしれないが。

本来であれば〈森のフシギ〉(『同時代ゲーム』)の核にあるという「私が私であること」の空白(ブランク)をめぐる思考(荒川修作の〈ブランク〉概念と共通するという)*2や大江における多宇宙的思考や神秘主義の問題を検討すべきなのだろうが、その能力はない。おそらく次の箇所が関係するのではないか。

「言葉が単文に回収しきれない視覚的(聴覚的、触覚的……)情報を強引に表現しようとするときに生じてしまう、言葉のレイアウト、ならびにそのレイアウトが自らに触れる肉体に強いるところの、思考・想起の様態によって、小説の制作行為は、読み手を巻き込みながら、「私の思考の制作」、さらには「(ちりぢりな)私による(まとまりの)私の制作」という事態にまで直結しなければならなくなる。」(93頁)

現実の複雑さを写し取った一連の言語の連なりを読み、読み手や書き手に並列分散処理的思考による圧縮の負荷が生じ、肉体を意識させ、ある種の「私」が立ち上がる(それはあくまで「読む私」(あるいは「書かれつつあるものを読む私」)ではないかと思うのだけれど、「+宇宙」つまり多宇宙的世界観が関係するのかもしれない)。

「こうして〈森のフシギ〉がいくつもの言語を、それをもちいる生物群の生態全てを象徴する視覚情報へと圧縮したように、みずからの持続を、言語依存的ではない方法でかたちづくろうとする小説の姿が、かいま見えることになる。文章のひとつひとつから得られる構文論的・直列的な思考ではなく、いくつも矛盾した文章らの総体が紙面の手前側に立つ肉体ないし私を巻き込み使いながら一挙に作り出そうとする並列分散処理的思考への、飛躍の身振り。外部から言語を通じてもたらせる刺激によってみずからの輪郭がほどけることを、逆にみずからの組成の一部としてもちいてしまわずにはいられない、そんな頑健さを演じる構造体のようなものが、のっそりいる。」(108頁)

まだ本書を掴みかねている。そのため反復についても、フロイト-ラカンにも触れられなかった。代わりに『新たな距離』とも共通すると直観するテクストを二つ引用する。

「なぜ書くのか。作品を見るという経験をわたしが言葉で書くとき、何をしているのかというと、「霊をコンポーズ(compose)する」ために書いている、と言うことができます。書くことは、霊をコンポーズすることである。「コンポジション(composition)」は構図・作文・作曲というような意味で使いますけど、共に置く、収める、鎮めるという意味を持ちます。(略)

 コンポーズされたもの、共に置かれたものたちの付置を、自分自身の身体の付置=態勢をとおして分解することが作品を見ることなのだ、というのが『かたちは思考する』の序章で書いたことでした。しかしそれはまだ事態の半分しか述べていない。その内側がある。わたしの呼吸、わたしの息をとおして、霊が作品の形象に巻き込まれるときーーそれはわたしの性的身体が触発されることで始まるプロセスだと考えているのですがーー、霊は複数化し、作品形象に絡まりつつばらばらに荒々しく立ち上がる。それら複数の霊を鎮めるという意味でコンポーズという言葉を使っています。コンポーズには、ぐらぐらしている事物や心を鎮めるという意味がある。作品と向き合い、巻き込まれることで、抱えきれぬほどに複数化した霊たちをひとつに鎮めるということが、自分にとっての「書く」ことです。」(平倉圭「霊をコンポーズする」)

「たまたま地上に

 ぼくは生れた

 生ける人間として

 ぼくは大きくなった

 デッサンの中に閉じこもって

 日々が過ぎた

 夜々が過ぎた

 ぼくはああした遊びをみなやってみた

 愛された

 幸せだった

 ぼくはこうした言葉をみな話してみた

 身ぶりを入れ

 わけのわからぬ語を口にして

 それとも無遠慮な質問をして

 地獄にそっくりな地帯で

 ぼくは大地に生み殖やした

 沈黙にうち克つために

 真実のすべてを言いつくすために

 ぼくは涯てしない意識のうちに生きた

 ぼくは逃げた

 そしてぼくは老いた 

 ぼくは死んで

 埋葬された」

ル・クレジオ『愛する大地』豊崎光一訳)

 

続く。

 

*1:認知言語学については山本「言語表現を酷使する(ための)レイアウトーー或るワークショップの記録 第一部ーー主観性の蠢きとその宿」を参照した。

*2:書けなかったが、おそらくここからラカンへと接続することは可能だろう。「私が私であることの空白」とは「存在欠如」のことではないか。そのうちラカンにおいていかに「私」が立ち上がってくるのかを考えよう。

『スーザン・ソンタグから始まる/ラディカルな意志の彼方へ』と『大江健三郎 江藤淳 全対話』

前々回、スーザン・ソンタグがナン・ゴールディンと荒木経惟について言及したと書いた。

jisuinigate.hatenablog.com

友人から、それは『スーザン・ソンタグから始まる/ラディカルな意志の彼方へ』(2006)という追悼シンポジウムをまとめた本に書いてるはずだと教えてもらった。

取り寄せてみると確かに昔立ち読みした赤い本とはこの本だった。該当箇所である浅田彰の発言を引用する。

「その後、アニー・リボヴィッツが来て、ちょっと写真のことも話しました。アラーキーこと荒木経惟について、僕が「キモノ姿の女をSM風に縛ったりしたアラーキーの写真が西洋で異常に受けているけれども、これは日本に性的アナーキーを期待する西洋のオリエンタリズムの視線に媚びる低劣なマーケティング戦略の成果であって、あんな写真はゴミ以外の何者でもない」と言い、スーザン・ソンタグは「もうちょっと冷静に判断したいけれど、わからなくもない気がする」というようなことを言った。

 そこでアニー・リボヴィッツが、「じゃあナン・ゴールディンはどうかしら?」と。彼女は、ナン・ゴールディンは、自分がその一員であるような性的マイノリティのコミュニティの中で彼らの姿を撮っているので、ナイーヴかもしれないけれどそこには何かしら真実性があると思う、と言った。スーザン・ソンタグは「それはわかるけれども、ナイーフ(素朴派)とフォー・ナイーフ(偽の素朴派)というのは、本当に区別が難しいから」と言って、議論になった……。」

私の記憶では真実性を含む「ナイーフ」なものとしてナン・ゴールディンの作品が挙げられ、素朴を装ったカマトトめいた「フォー・ナイーフ」なものとして荒木経惟の作品が批判されていると思っていたが、これを読むとソンタグはどちらについても判断を留保し、議論を続けていることがわかる。浅田にとってソンタグは常に自身の論理と経験を手放さずに議論できる「貴重な話し相手」だったことを示すエピソードとして話されていた*1

浅田はこのシンポジウムで「サルトルを失ったあとのフランスというような感じを、ソンタグを失ったあとのアメリカに感じる」とまで言う。モラリスティックなようでいて、流行のレストランに行きたがる筋金入りのスノッブでもある*2。単なる優秀なアカデミシャンでもなく、消費社会に埋没する作家でもない。ドグマティックな理論で現実を裁断する理論家・批評家ではなく、あくまで「作家であり、文人」だった。「スーザン・ソンタグは最初から最後まで一貫していたーーただし一貫してアンビギュアスだった。そのアンビギュイティゆえに、あれほどの豊かな作品を生みだしてきたんだということを、強調しておきたいと思います」(48頁)。

※※※

話は変わるが、ナイーブで、アンビギュアスといえば大江健三郎である。ソンタグとの往復書簡もあるが(『暴力に逆らって書く』)が、それはともかく、『大江健三郎 江藤淳 全対話』(中央公論新社、2024)を読んだ。

一九六〇年、一九六五年、一九六八年、一九七〇年の対談が収録されている。

作家と批評家の間でここまで真剣な対話が成り立っていたのかと改めて驚く。まさに互いが「貴重な話し相手」だったのだろう。当然のように互いが互いの本を読み、問題意識を共有し、というより、共有しているかのようにお互いを信じている。安保のデモについて、『個人的体験』の結末について、明治維新と戦後文学について、『万延元年のフットボール』の登場人物の命名について、何のために書くかについて、羽田事件について、漱石について*3、子規と虚子について……無数の話題を巡って議論を重ねるも、互いの資質や興味関心のズレや歪みは年を経るごとに大きくなっていく。

興味深い論点はさまざまにあるのだが*4、小説家の論理と批評家の生理の差異が顕になるのがスリリングである。

江藤は、時評の経験から、作家が「小説という形式」を信じすぎていると批判する。

「小説をひとわたり読んでみて、小説という形式が実に簡単に信じられているのには驚いた。小説のフォルム、そういうものにあわせてつくろうという気持がとても強い。小説らしい小説をつくること、それはどんな小説のジャンルにもある。(中略)実際うまい。でもばかばかしいと思いますよ、そういううまさは。小説というものをそう簡単に信用しちゃって小説が書けるのかと思う。何か言いたいことがあるから小説を書くわけで、それが根本でしょう。近代の文学というものはそういうものなんです。けれども、何か言いたいことがあるから書くのじゃなくて、小説というかたちに当てはめるために書いているようなのがとても多い。」(54頁)

これを受けて、大江は「小説という形式を信頼しすぎるという弊害」を反省したりもある*5

一方で、大江も言われっぱなしというわけではない。特に一九六八年の『万延元年』をめぐる対話では、激しい言葉が応酬される。

中心となるのは、何のために書くのか、である。

「大江 ぼくにとっては、自分自身が現実とどうかかわってどのように生きるているかということを、あらためて自分の内部にもぐりこんで小説の上で確かめることですね。

 江藤 そのことに普遍性があると思っているのでしょう。

 大江 そういうかたちの発想はしない。

 江藤 それではぼくなり他の読者があなたが現実とどうかかわってどう生きているか ということにどうして関心を持たなければならぬのですか。

 大江 あなたのいうような意味で関心を持っていただかなくてもいい。」(94-95頁)

大江は江藤の連載中の『一族再会』や『アメリカと私』を厳しく批判する。

「大江 しかし、実のところあなたの他者は、「日本と私」に出てくる大家にしても、宿の女中にしても、お父さんにしても、それを読んでみると、小説家の水準からみればいかにも他者性の稀薄なものです。江藤さんの恣意的な一面、江藤さんが大家なら大家の一面を恣意的にとり出して自己閉鎖的な感想を述べたにすぎない。そこで、あれらの作品に客観性が稀薄だと、単なる詠嘆の羅列に過ぎないところが多すぎるという感じをぼくは持っています。(中略)

 むしろ江藤さんのメンタリティにとって他者というものは幻みたいなもので、許容するという自分の態度こそが問題なんです。小説家は、許容するとか否定するとかいうことの前にまずほんとうの他者というものをつくりあげようとします。」(104頁)

のちの江藤の仕事全体への批評にもなっている。『妻と私』など常に「私」にとっての「他者」しか江藤は問題にできなかった。

ナン・ゴールディンやスーザン・ソンタグからあまりに離れしまった。ただ「何のために書くのか」「文学者は政治にどうコミットするか」について真剣に考えている二人と、ゴールディンの芸術=活動、そしてサラエヴォベケットを上演し戦争の現実にコミットするソンタグとの距離は、一体どれくらい離れているのだろうか。

「大江 ぼくら小説家の場合でもそうで、小説を書くことは、結局生きて現実生活で何もできないということをつくづく知り尽くしているわけだけれども、しかもなお暮夜ひそかに生きて考えていると、暗黒というか絶望感がだんだん強くなってくる。それを飛び越えないと生きていけない。そこで飛び越えようとする手がかりがぼくにとっては、小説なんです。だから飛び越える前には小説を書いた後で何ができ上がるかわかりはしない。」(125頁)

「江藤 小説を書いて自分を救うということは、それが世間に認められるという次元にとどまる話なら要するに一種の悪循環だと思う。小説とか文学とかいうものはそれほど大したものじゃない。それだけで人を救えはしない。ほんとうにリフトアップする小説は、そういう限界を知った人の書いた小説でしょう。自分を救うとともに自分の傍にいる者を救うことにならなければいけない。」(126頁)

無力に抗することを介して、書くことと政治にコミットすることがつながる。ソンタグ、ゴールディンと江藤、大江の距離は、案外近いのかもしれない。

*1:余談だが、最近の浅田彰の発言がつまらないのは、ソンタグ坂本龍一はじめ「貴重な話し相手」がいなくなったからではないか。ウクライナ戦争勃発時の「逃げろ」発言やアイデンティティ・ポリティクスより階級政治を、というマーク・リラ+マルクス風味のような発言など凡庸極まりない。浅田彰でなくても言えるだろう。

*2:どうでもいいけど、シンポジウムでもソンタグと京都の高級割烹「千花」に何度も行ったという証言があった。たしかべらぼうに高い店のはず。

*3:江藤が明治時代に「天皇制」なんてものはない。単に「明治天皇というすぐれた君主がおられただけ」と言い、大江が「漱石が死んで、天皇が現れるのかもしれませんが……」と返している。問題となるのは『こころ』である。

*4:メモとして列挙する。大江の二葉亭四迷への関心。明治維新と戦後文学の重ね合わせ。『細雪』が歴史小説であるという折口信夫説。戦後のジャーナリズムの発達により、文学者の「浮かばれない時代」がなくなったという現象=谷崎潤一郎永井荷風森鴎外も「戦前のたいていの作家は十年くらい書くとしばらく活躍しなかった」のにそれがなくなった。など

*5:大江の「観察力のある作家とそうでない作家」という問題も興味深い。「日本の戦後文学の歴史では、観察力が衰弱したかわりに、観察力と無関係な、言葉だけの比喩というのものが猖獗をきわめたと思う。」と。ここでは三島由紀夫を批判している。